【「コウ」の価値について】
・地とヨセの表記法
地の勘定において,黒地は正の数,白地は負の数で表わすことにします.
(これによって,いちいち,「黒地何目,白地何目」と言わなくてすみます)
黒から打てば x 目の地,白から打てば y 目の地になるような一手の後手ヨセ
G の箇所を {x|y} と書くことにします.これはまた,
G
/\
/ \
x y
のような図で表わす場合もあります.黒の着手は左側の枝に,白の着手は右側
の枝に対応します.
# 上の図で「逆スラッシュ」が「¥記号」に見える人はごめんなさい.
例えば,下図の出入り6目の形は {4|-2} となります.
┼┼┼┼┼┼┼┼
┼●●●●○○┼
┼●○○┼●○┼
┼●●●○○○┼
┼┼┼┼┼┼┼┼
これは,平均値の 1 を基準にして,1 + {3|-3} = 1 ± 3 と表わすこともで
きます.すなわち,この状態で黒地1目.黒が打てば3目増加し,白が打てば3
目減少する訳です.
# 一手で完了しないヨセの箇所は,上の { | } を入れ子にして表現すること
# にします.例えば,下図だと {7|{0|-2}} となります.
#
# ┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
# ┼●●●●●●○○┼
# ┼●○┼○○┼●○┼
# ┼●●●●●○○○┼
# ┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
・ヨセ状況と手番による利得
今,様々な目数の後手ヨセが十分多くある状況を考えます.
そして,最大の後手ヨセの出入りが 2M (一手あたりの価値は M)であると
します.
(例えば,最大の後手ヨセが {10|2} であれば M=4)
この状況で,先着することによる利得(すなわち,平均値からの差分)はどれ
だけになるでしょうか?
以下のヨセからなる状況を考えてみます.
{10|2} = 6 ± 4
{3|-4} = -1/2 ± 7/2
{-2|-8} = -5 ± 3
{3|-2} = 1/2 ± 5/2
{1|-3} = -1 ± 2
{-1|-4} = -5/2 ± 3/2
{2|0} = 1 ± 1
{3|2} = 5/2 ± 1/2
平均値は,6 - 1/2 - 5 + 1/2 - 1 - 5/2 + 1 + 5/2 = 1 ですので,この状態
で黒地1目と勘定されます.
黒が先着しますと,黒は出入り8目, 6目, 4目, 2目のヨセを打ち,白は出入り
7目,5目,3目,1目のヨセを打つことになります.これによる増分は
4 - 7/2 + 3 - 5/2 + 2 - 3/2 + 1 - 1/2 = 2目 となります.
白が先着した場合はこの正負を入れ替えたものになりますから,増分は -2目
となります.すなわち,黒が先着すると黒3目勝ち,白が先着すると白1目勝ち
となるわけです.
ということはつまり,先着による利得は最大のヨセの一手あたりの大きさ M
の 1/2 であり,互いの先着の結果の出入りは M に等しいことがわかります.
もちろん,状況によっては,8目のヨセの次に大きいヨセは 4目のヨセしかな
いということもありえます(要するに 8目のヨセが手止まりになっている)が,
ここでは,そうではない理想的な状況のみを考えることにし,今後,最大のヨ
セの一手あたりの大きさが M であるようなこのような理想的な状況(Rich
Environment)を RE(M) で表わすことにします.また,この状況 RE(M) は,黒
(または白)が連続して着手する場合は「大きさ M のヨセ」を続けて打つこと
ができ,次の着手を敵が打つ場合にのみ,ヨセの大きさが減少するものとしま
す.(敵が打つ場合に大きさが減少しないのであれば,双方の利得がキャンセ
ルされて,その大きさのヨセが無いのと同じになってしまうので)
・コウの表記
┬●○┬○●○┬
┼●○○●●○┼
┼●┼●○┼○┼
┼●●●○○○┼
┼┼┼┼┼┼┼┼
上のコウは,黒がコウを取って解消した場合は 8目,白が解消した場合は -7
目ですので,出入り 15目の本コウです.
この形を下図のように表わすことにします.
A_____B
/ \ B は上図の局面.
/ \ A は上図から黒がコウを取った局面.
8 -7
・コウの価値
ヨセコウや2段コウなどではないこのような単純コウの一手あたりの価値は,
一般にコウの出入りの 1/3 (上の例では 5目)と言われていますが,このこ
とを検証してみましょう.
今,上の B の局面と RE(5) を合わせた局面を考えます.
そして,これ以外に打つ箇所は無い,すなわち,コウダテは無いものとします.
黒先着の場合 白先着の場合
黒 コウ取り B-->A 白 コウ解消 B-->-7
白 -5 黒 +5
黒 コウ解消 A-->8
白 -5
-------------------- ---------------------
-5+8-5=-2 -7+5=-2
どちらが先着しても同数着手の結果は同じ -2 ということになりました.
すなわち,局面 B の値は -2 だと評価されます.
A の局面と RE(5) を合わせた局面の場合は,下記のようにどちらが先着しても
同数着手の結果は +3 となりますので,局面 A の値は 3 と評価されることに
なります.
黒先着の場合 白先着の場合
黒 コウ解消 A-->8 白 コウ取り A-->B
白 -5 黒 +5
白 コウ解消 B-->-7
黒 +5
-------------------- ---------------------
8-5=3 5-7+5=3
もし,RE(M) において M>5 の場合(例えば RE(6))だと,以下に示すように
コウに着手すると損をすることになります.
黒先着の場合 白先着の場合
黒 コウ解消 A-->8 白 コウ取り A-->B
白 -6 黒 +6
白 コウ解消 B-->-7
黒 +6
-------------------- ---------------------
8-6=2 6-7+6=5
ですからこの場合は,M が 5 になるまでコウに着手せずに他(RE(M) の方)
に着手していくことになります.
(要するに,このコウの一手の価値は 5目なのです)
M<5 の場合は先着の効果が出てきて,例えば B + RE(3) だと以下のように
6目の出入りが発生します.
黒先着の場合 白先着の場合
黒 コウ取り B-->A 白 コウ解消 B-->-7
白 -3 黒 +3
黒 コウ解消 A-->8
白 -3
-------------------- ---------------------
-3+8-3=2 -7+3=-4
・コウダテ
コウダテとして以下のような形を考えます.ここは元々は0目ですが,黒が二
手連打すれば 8目になる形です.
┼┼┼┼┼┼┼
┼●●●●○┼
┼●○○┼○┼
┼●○○┼○┼
┼●●●●○┼
┼┼┼┼┼┼┼
そしてこれは,{{8|0}|0} や などと書くことができます.
/\
/ \
/\ 0
/ \
8 0
今後,この形のコウダテを K(w) と書くことにします.
(ここで w はコウダテのサイズです)
したがって,上のコウダテは K(8) となります.
また,この形の白と黒を反転した形は白からのコウダテとなりますが,これを
-K(w) で表わすことにします.
-K(w) = {0|{0|-w}} =
/\
/ \
0 /\
/ \
0 -w
さて,出入り x 目のコウに対する適正なサイズのコウダテが 2x/3 だという
のも皆さんはたぶん御存知のことと思いますが,一応,検証してみましょう.
そのために,双方共に様々なサイズのコウダテを豊富に持っている状況
KTE(Ko Threat Environment) を仮定します.やりたい事は,白または黒のど
ちらがコウを解消しても,(見事な振り変わりとなるような)損得なしのコウ
ダテの大きさを見つけることです.
前に示した出入り 15目のコウ B と RE(5) に,さらに KTE を追加した状況を
考えます.
黒先着の場合 白先着の場合
黒 コウ取り B --> A 白 コウ解消 B-->-7
白 コウダテ -K(w) --> {0|-w} 黒 +5
黒 コウ解消 A --> 8
白 コウダテ連打 {0|-w} --> -w
----------------------------------- -----------------------
8-w 7+5=-2
この二つが等しいとしますと 8-w = -2 より w = 10 が出てきます.
黒先着の場合に,白のコウダテに黒が受けても同じ結果が出てきます.
黒先着の場合
黒 コウ取り B --> A
白 コウダテ -K(w) --> {0|-w}
黒 受け {0|-w} --> 0
白 コウ取り A --> B
黒 コウダテ K(w) --> {w|0}
白 コウ解消 B --> -7
黒 コウダテ連打 {w|0} --> w
白 -5
-----------------------------------
-12+w
8-w = -12+w より w = 10 となります.
これ以外のサイズのコウダテの場合は,相場の分かれに比べて,どちらかが損
をしているということになります.
・ヨセコウの価値
●┬●┬○┬○●┐
●┼●┼○○●●○
●┼●●●●○○┤
┼●┼●○○○●○
┼●●○○┼○●┤
┼┼┼○┼○●●●
┼┼┼○○●┼●┤
┼┼┼┼┼●●●●
上の右上隅のコウは,一手ヨセコウですが,これは次のような図で表わす
ことができます.
C____D
/ \
/ \ D は上図の局面.
A____B -7 C は上図から黒がコウを取った局面.
/ \ A は C から黒がダメを詰めた局面.
/ \ B は A から白がコウを取った局面.
8 -7
さて,今,このコウの一手あたりの大きさが知りたい訳ですが,ここで重要な
ポイントは,C--D のコウと A--B のコウではその大きさが異なる(A--B の方
が価値が高い)という事実です.直感的には正しいですし,また格言(「三手
ヨセコウ,コウにあらず」)でもそう言っていますが,では,具体的にそれぞ
れどれだけの価値があるのでしょうか?
例によって D + RE(M) + KTE の状況を考えます.
今,白が C-->D にコウを取ったばかりだとします.
黒の手番で考えられる場合は以下の4つです.
黒先着の場合(1)
黒 コウダテ K(w1) --> {w1|0}
白 コウ解消 D --> -7
黒 コウダテ連打 {w1|0} --> w1
白 -M
---------------------------------------
-7+w1-M
黒先着の場合(2)
黒 コウダテ K(w1) --> {w1|0}
白 コウダテ受け {w1|0} --> 0
黒 コウ取り D --> C
白 コウダテ -K(w1) --> {0|-w1}
黒 ダメツメ C --> A
白 コウ取り A --> B
黒 コウダテ K(w2) --> {w2|0}
白 コウ解消 B --> -7
黒 コウダテ連打 {w2|0} --> w2
白 コウダテ連打 {0|-w1} --> -w1
---------------------------------------
-7+w2-w1
黒先着の場合(3)
黒 コウダテ K(w1) --> {w1|0}
白 コウダテ受け {w1|0} --> 0
黒 コウ取り D --> C
白 コウダテ -K(w1) --> {0|-w1}
黒 ダメツメ C --> A
白 コウ取り A --> B
黒 コウダテ K(w2) --> {w2|0}
白 コウダテ受け {w1|0} --> 0
黒 コウ取り B --> A
白 コウダテ -K(w2) --> {0|-w2}
黒 コウ解消 A --> 8
白 コウダテ連打 {0|-w2} --> -w2
黒 コウダテ受け {0|-w1} --> 0
白 -M
---------------------------------------
8-w2-M
黒先着の場合(4)
黒 +M
白 コウ解消 D --> -7
---------------------------------------
M-7
(1)=(2)=(3)=(4) より w1 = 6, w2 = 9, M = 3 となります.
つまり,双方にコウダテが豊富に有る場合のこの一手ヨセコウの相場は,M =
3 のとき(すなわち,出入り6目の後手ヨセが最大のヨセになった時点)に着
手して,最初のコウダテは「出入り6目」のものを,本コウになってからは
「出入り9目」のコウダテを使いなさいということです.
さらに,M=3 だとして白が先着した場合は
白先着の場合
白 コウ解消 D --> -7
黒 +M(=3)
---------------------------------------
3-7=-4
となって,どちらが先着した場合も -4 となりますので D の平均値は -4 で
あることがわかります.
同様な方法で C を解析して C の平均値は -1 であることがわかり,結局
C--D の差は 3目,すなわち,コウの出入りの 1/5 であるという結論です.
さらに,同様にして二手ヨセコウを解析しますと,二手ヨセコウの部分の一手
あたりの大きさはコウの出入りの 1/8 となり,また,三手ヨセコウの場合の
一手あたりの大きさは 1/13 ということになって,「三手ヨセコウ,コウにあ
らず」の格言が正しい(?)ことが示されます.
ちなみに,これをずっと続けていったとき,1/n の n はフィボナッチ数 (*1)
になっています.
*1: フィボナッチ数とは 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, ... と続く数列で,
これは「隣合った2つの数を加えると次の数になる」というルールで作り
出されるものです.
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# 上記の内容は,囲碁プレーヤとしてこれまでに習得してきた知識に加えて,
# 2001年度に米国留学した際に U.C.Berkeley の Berlekamp 教授と彼の研究
# グループにおけるミーティングで学んだ内容を基にしている.特にヨセコウ
# の価値の解析については,Bill Spight 氏によるものである.
#
# Teigo Nakamura 2002/03/18
#
# Bill Spight: "Evaluating Kos in a Neutral Threat Environment:
# Preliminary Results", in Proceedings of the 3rd International
# Conference on Computer and Games (CG2002), LNCS 2883, pp.413-428,
# (2003).
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# 更新履歴
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# 2002/12/03
# 二手ヨセコウと三手ヨセコウを間違えていたのを修正
# フィボナッチ数の説明の追加
# 2003/12/19
# ヨセコウの図が誤っている旨のコメントを追加
# (前から気がついてはいたのですがそのまま放置していてすみません.
# スコアを変えずに一手ヨセコウの図を作り変えることができなかっ
# たので,コメントを入れるのみにしました.)
# 2006/03/29
# 1手で完了しないヨセの表現例の値が間違っていたのを修正 (^_^;
# {7|{2|0}} ===> {7|{0|-2}}
# ヨセコウの解説中の誤りを修正(3個所)
# 「白コウ解消 B-->-7」 ===> 「白コウ解消 D-->-7」
# コウダテへの着手の表現がわかりにくかったのを修正
# 「黒コウダテ K(w)」 ===> 「黒コウダテ K(w) --> {w|0}」
# 「黒コウダテ連打 -K(w)-->w」 ===> 「黒コウダテ連打 {w|0} --> w」
# など
# 2014/12/10
# ヨセコウの図を説明に合うものに作り変えた.
# 白がコウに勝った際に右辺のところに1目できないようにするために,
# 少し図柄が大きくなってしまいましたが,対象となっているのは,
# コウの部分だけだということで見て下さい.
# Bill Spight 氏の参考文献を載せた.
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E-mail: teigo@ai.kyutech.ac.jp